つれづれなる日記 @ maoo.jp

退屈な日々をより退屈な文章でだらだらと

貧乏に最適化

参考
http://d.hatena.ne.jp/maoo/20090819/1250718815

 どうも今の自分の感じ方や考え方は貧乏な状態というものにかなり最適化されているのではないか、そんなふうにふと思った。経済的な意味での貧乏そしてそれに伴う節約しがちな生活…という意味でも自分にはその傾向はあると思うが、今ここで書こうとしているのはそういうことではない。コンピューターの利用について、ということだ。具体的には、iBookさんがお亡くなりのあと新たに相棒となった"MacBook Pro"さんの利用スタイルについて…と書くべきだろうか。
 どういうことかというと。とにかくiBookさんは、今時のソフトウェアを実行するなり今時のタスクをこなすなりするには非力すぎた。メモリーMPUもなにもかもが今となってはあまりにパワー不足だった。それでもなんとか工夫しつつ我慢しつつ活用してきたわけだが、それが長く続いたせいだろうか、そういう利用が当然という思考が頭に固定されてしまったようだ。もうすでに、高級機種ではなくとも今時の性能のハードウェアを利用しているというのに*1、どうもそれに最適化されていかない。
 もちろん、よくよく考えれば自分の誤りに気づくのだが、そのために必ず一時停止という段階があり。つまり、けっこう性能が要求されそうなソフトウェアの実行をためらってから、ああそういえばもう問題ないのだと気づいたり。同様の現象が発生することとしては、動画の再生やエンコードをすることとか、どかどかと同時にソフトウェアを実行することとか、その他いろいろ。そして気づいてから自分でもちょっとうんざりするのだ。いいかげん貧乏くさいな自分…と。

*1:この部屋の中にある自分のコンピューターの中では、こいつがたぶんトップの性能のマシンということになるだろう。