情報に溺れる
ちょっと前に、RSSデータやWWWサイトの情報を今までより積極的にキャッチするような環境を構築した。機構としてもなかなか便利な状態に整備できたとけっこう満足していたのだが、得られる情報量が今までより急激に増加しすぎたということにより、ふと気づくと情報に溺れそうになっていた。あわてていろいろと制限したり基準について考え直したりしたわけだが、なんだか新鮮な感覚があった。今さらこんなことになるとは思っていなかったからな。
べつに自分をこの道でのプロだとかそんなふうには感じていないが、それでもたとえばWWWにそこそこ関わるようになってからだけでも十数年とかになるのだし、もうけっこう経験はあるつもりだった。そして今までに似たような体験はしてきているし、存在する情報を残らず参照するなんてことは不可能だとわかりすぎるほどわかっていたつもりだった。それなのにこれだ。自分の処理能力や作業時間を考えて調節をするということができていなかったのだ。
これが「情報量を観察しながら運用のテストを行う期間」であれば問題もなかっただろうが、それを完了して日常的タスクとしてある程度は体制を定めた段階でこうなってしまったというのは完全に失敗だ。さらに致命的だったのは、かなりぐったりするまで自分が疲れていることにもその原因にも気づいていなかったということだ。正直、「大丈夫か自分?」とか思う。思考能力が低下しているのかなあ。自分を信用できないのって、かなりこわいわ。
ここで唐突にひらめいた。せっかく毎日こんなふうに日記を書いているのだし、たまに最近のそれを読み返してみると異常を発見しやすいかもしれない。これはなかなかのアイデアだと思うのだが、即座にその欠点についても気がついてしまった。なにしろこういう人のことだから、それこそぐったりするくらいまでひたすら読み返すようなことをするのはまず間違いないように思うのだ。…自分の大きな欠点の一つは、こういう柔軟性の欠如ってことなんだろうなあ。